2009
11.16

revolver
連載2回目にして既に暗礁に乗り上げかけているこのコラム。何故か?
英語の何を説明しようとしても、真っ先にビートルズが浮かんできてしまうのだ。確かに私はビートルズ公式213曲のどれを聴いても、「ああ、この曲でこの単語やこの言い回しを覚えた」と思うのだが。まさかここまでとは。ううむ。
・・・ま、とりあえず今回もビートルズで。

ということで。現在完了です。

あ。こらこらっ。やな顔しないっ。
わかってますって。嫌いなんでしょ、現在完了。めんどくせえから過去形でいいじゃんって思ってるんでしょ?

真面目な日本人が現在完了が苦手なのは、「どういう時に現在完了を使うべきなのか」と考えてしまうからだ。
実は。英語は言葉なので、どいういう事実かより、あなたがどう言いたいかの問題なのだ。これに気づくと英語はかなりラクになる。

過去形と現在完了は、スタート地点が同じだ。つまり、「過去に何かが起きた」だ。
昨日鍵を失くした。 これがスタート。
A でも今朝見つかった。→現在とは切れたので、過去形。”I lost my key yesterday, but I found it this morning!”
B まだ失くしたままだ。→失くしっぱなしの現状を、現在完了で語る。”I’ve lost my key.”
つまり「現在完了」とは、実は文字通り「現在」を表す言い方で、ここで言いたいのは、鍵がまだ見つかっていない現状だ。

完了だ継続だと面倒な日本語で分ける必要などない。”I have lost my key.”と”I have lived in Japan for ten years.”はどちらも、「過去に何か起こって、その状態が今も変わらず」と理解すればいい。

え、じゃあこれはどうなんですか。
A I went to America.
B I’ve been to America.
Aは過去のある時点でアメリカに行ったという話だ。初めてでも10回目でも関係ない。だから普通は”I went to America last year.”のように「いつ」行ったのかも言わないと寒い文章になる。
Bは、自分はアメリカに行ったことがあると言いたいのだ。ここでの現在は渡米経験のある自分だ。

待てよ。じゃあこれは?
A I sold my watch.
B I’ve sold my watch.
意味は同じだろう。どっちも時計を売ったんだろう?
おそらくこれがあるから、「現在完了なんていらない。過去形でいいじゃないか」と思われたりするんだろう。
Aは、過去のある時点において、時計を売る行為をしたという意味だ。
Bは現在完了だから、現在の何かを表しているはずだ。何だ? この場合それは時計の不在、例えばむきだしの左手首である。俺あの時計気に入ってたんだけど、金ねえから売っちまったんだよね。ふう~っと溜息をついて言う。”I’ve sold my watch.”
「売っちゃった」という行為が現在の心境に影響を及ぼしている場合、彼は現在完了でそれを言いたい。過去形は、もう終了した(と語り手が思っている)ことに対して使うのだ。

と、ここまで踏まえて、この曲を聴いてみる。

Your day breaks, your mind aches
You find that all her words of kindness linger on when she no longer needs you

シンプルで無駄のない曲である。彼女の愛がすっかり冷めてしまったのに、彼の恋心がまだ全然消えていないことを、端的な現在形で語る。

She wakes up, she makes up
She takes her time and doesn’t feel she has to hurry
She no longer needs you

彼女の描写も現在形だが、こちらは実際的で無機質だ。ジョン・レノンは”Ticket To Ride”で”She don’t care.”と三単現のSをぶち抜いたインパクトで捨てられた男の胸のうちを訴えたが。この曲でポールはきちんとSもつけ韻を踏みリズムもそろえることで、単なる現実のどうしようもなさを描く。

Aメロ→サビを2回繰り返し、次のAメロで初めてこの歌唯一の「現在完了」が登場する。
She says that long ago she knew someone
But now
he’s gone

「彼がいない」と、現在に続く時制である現在完了で言うということは、彼女にも未練があるのか?
ところがその直前で彼女は「ずっと前にある男を知っていた」と、かつての恋人を過去形で語っている。―――現在と関係ないことを言う為の時制で。
でも今彼はいない。”He has gone.”における現在とは、例えば、彼の去った後に残された椅子だ。
てきぱきと化粧(makes up)中の彼女の眼が、ふと空っぽの椅子をとらえる。いつも彼がそこでくつろいでいた一人がけのソファ。今は誰もいない。まだ彼の体のくぼみを残していそうなその椅子が、現在完了の正体である。彼はいないが、椅子、つまり「彼の不在」はまだあるのだ。
はっきりと彼の不在を見た筈の彼女は、しかし表情ひとつ変えずに鏡に目を戻し、口紅をひく作業を続ける。
そして次の瞬間、くっきりとした現在形に戻る。
She doesn’t need him ―――彼は、いらないわ。

本来は未練を示してもいい筈の現在完了の、余りの非情な使い方に、リスナーが呆然としていると、歌詞は最初の現在形の繰り返しに戻る。彼の恋心の堂々巡りかと思いきや、すぐに初めての未来形が登場する。
There will be times when all the things she said will fill your head
You won’t forget her

―――この救いのなさはどうだ。ただただ彼女の思い出でいっぱいの未来。彼は彼女を忘れられない。

そして最後の一行は。
A love that should have lasted years
仮定法過去完了は、実現しなかったことを言うのに使う。「ずっと続く筈の愛だったのに」と。

要するに、私がこの歌を聴くたびに涙ぐむのは、時制に泣かされているんである。

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